ふと小説が読みたくなったとき。携帯で読める小説を読もうと思っても、たくさんあってどれを読んだらいいか迷っちゃう!そういうときはおすすめ小説としてたくさんの口コミやレビューが書かれてあるサイトを使うのがグッドです。どんな作品かが分かるし、探すのももっと楽しくなりそう!

カフェのドアを開ける時に思うこと

世界中の街角にはその国ならではのカフェがあります。
先日パリのカフェを舞台にした映画を観ました。この作品の主人公はショートカットがキュートな女性です。彼女はパリの中でも芸術的要素が強い町にあるカフェでウエイトレスとして働き始めます。そこで音楽家、女優、アートコレクターなどなかなか普段お目にかかることの出来ない職業の方々と出会い、交流を深めてゆきます。この作品の最大の魅力はヒロインの素敵なキャラクターと全く異なる分野で働く客達との心の交流だと感じました。それぞれに仕事やプライベートの悩みを抱えながらもこの店に立ち寄ると心がほぐれ、帰りにドアを開ける時にはとてもよい顔をしているのも印象的でした。そしてラストでは恋も実り、ハッピーエンドで幕を閉じます。そのため観終わった後にはとてもよい気分にさせてくれます。
私にとってカフェとは、読書をする場でもあり友達と語り合う場所でもあります。そして支払いを済ませてドアを開ける時には、いつも気持ちがホッコリとしているものです。この映画を観てからというもの、お店を出る時に自分と同じようなちょっとした幸せを感じている人が世界のどこかにいることを想像するようになりました。人種も生きる世界も違う人と同じ時間や気持ちを共有していることを思うと笑みがこぼれるものです。そんな気持ちを抱くひと時があることを嬉しく思います。


写真集が思い出させてくれた下町育ちの素敵な女性

江戸で生まれた女性には気風がよく、サバサバしていてカッコいいイメージがあります。私の友人の祖母は江戸の下町生まれだそうです。月島育ちで、実家は八百屋さんを営んでいました。私も以前お会いしたことがあるのですが、はつらつとしていてハキハキと話す口調はまさに「江戸の女」でした。
さて友人の祖母が暮らしていた界隈には割烹料理を出す料亭が幾つもあったそうで、近所に住む同級生が学校に持ってくるお弁当は彩り豊かでゴージャスだったそうです。そしておやつにはよくもんじゃを食べていたとのことでした。年を取ってからもそんな若かりし頃の話を懐かしそうにしている姿がとてもチャーミングで、もっとこの方と仲良くなってたくさんおしゃべりをしたいと感じました。
私がこうしたエピソードを思い出したのは、東京は下町の写真集を見たことがきっかけでした。高層マンションが並ぶ川沿いから一歩入った路地には昔ながらの長屋が並び、縁側には可愛らしい植木鉢が並んでいました。私もこんな街に住んで、夕涼みをしながらビールを飲んだり花火を観賞したり、近所の人と井戸端会議をしてみたいと感じました。
これからこの街が目まぐるしく変化を遂げたとしても、日本の趣ある風景はいつまでも残っていてほしいと願います。そして私もまた和の心と日本人としての営みを忘れずに生きて行けたらと思いました。


ペンギンが与えてくれる眠る前のひと時

久しぶりに水族館に行ってきました。人の背丈の数倍もある大きな水槽をマグロやマンタが悠遊と泳ぐ姿は美しく、人々の視線を釘付けにするものです。また地上で生きる私達には計り知れない世界が、海にはあるのだということを改めて思い知らされました。そしてもう一つ私の心に残っているのはペンギンです。岩場をモチーフにした大きな空間を自由自在に動き回っており、彼らの動きはとても可愛らしくて長い間見ていても飽きないものです。そのなかでもフェアリーという名前のまるで背丈が低いペンギン達はまるで子供を見ているようで、本当に愛らしかったです。
その日の帰りにショップへ足を運んでみたところ、お土産やグッズの中に書籍を見つけました。クラゲや深海をテーマにした写真集が並んでおり、その横にはペンギン達のフォトブックや生態について書かれたものもありました。ペラペラとページをめくってみると、北極の海を楽しそうに泳ぎ氷の上を歩く姿がたくさん掲載されており、心がワクワクしたものです。購入しようか迷いましたが断念して棚に戻しました。
あれから数日経っても、ショップにあった本を購入すればよかったと少々後悔しておりました。そんなことを考えていたある夜のこと、枕元に積まれている本の中にペンギンの絵が表紙の詩人のエッセイを見つけました。以前から読んでいるものでしたが、表紙の絵まで気に留めていなかったので見つけた途端に、驚きとともに運命を感じたものです。その夜から枕から一番近い場所にその単行本を置き、可愛らしい絵を見ながら眠りにつくようになりました。お蔭で1日の終りにちょっとした幸せを味わう日々が続いています。


愛情が詰め込まれたお弁当本

人に作ってもらうお弁当には愛情と真心が入っていると感じます。何故ならば誰かのために料理を作ることはとても気を使うと同時に、その人の喜ぶ顔を思い浮かべながら作るからです。
特にお弁当は仕事や勉強の活力にもなり、お昼に食べる時などは蓋を開けるのが待ち遠しく思うこともしばしばです。
ここ数年でお手製ランチボックスを会社に持参する人達も増えてきました。そのため書店にはお弁当作りの料理本も数多く並びます。そんな数ある本の中でとても印象に残っている書籍はシングルファーザーのミュージシャンが高校生の子供のために作ったお弁当の写真を撮りだめをして、日記形式で綴られた作品です。最初はレトルト食品を使っていたのですが、料理好きもあいまって、日々手作りのおかずが増えてゆきます。体育祭、テスト、学期末など特別な日にはスペシャルなおかずが詰められていたり、クリスマスにはキャラ弁が施されたりとまるで絵本をみているような錯覚に捕らわれる素敵な料理本でした。こんなおかずが食べたいと思ったページにはすかさず折り目をつけてみたり、私自身もその中のレシピから拝借して自ら作ってみたりとかなり重宝させていただきました。
お店に行けば何でも手に入る時代になった昨今ですが、心の籠ったものをいただくことはとても嬉しいものです。食べる時には作っていただいた人の顔を思い浮かべながら、感謝の気持ちを大切にしつつよく味わって食べたいものです。


図書館と本屋巡りで充実生活

特に予定がない週末は読書にどっぷりとつかるのもよいものです。ここ最近は本屋巡りに繰り出しすことや、図書館へ行くことも多いものです。本屋巡りではお気に入りのお店を幾つかピックアップしておきその時の気分で出向くブックストアを決めます。面白くて斬新で生活に少しスパイスを加えたい時には個性的な商品が並ぶブックストアへ行きます。また長編小説をじっくりと読みたい時には、小説の品揃えが豊富な大型書店へ足を運ぶことも少なくありません。そしてとっておきの逸品を手に入れた時には数日間掛けてじっくりと読みます。面白い作品に出会ってしまうと、寝る時間を惜しんで読み進めることもしばしばです。そんな時には、読書の醍醐味に出会った気がして幸せな気持ちになるものです。
一方図書館での過ごし方は、棚の端から端までチェックしながら本を閲覧します。くまなくチェックすることで、日頃なかなか出会うことのない作品を手にとることもあります。エッセイや小説はもちろんですが、料理や掃除など日々の生活に必要な知恵を書いた作品などを見つけると嬉しくなるものです。そして貸出の手続きをしておうちに持って帰ってきたら、文房具屋さんで買った付箋を本に差し込んでおきます。これは押さえておきたい箇所に印を付けておくためです。借りている本のためページを折り曲げることやペンで印をつけることはできないので、付箋はかなり役立つアイテムとなっています。
身近にある本をフル活動させると毎日飽きずに充実した生活を送れることを、身を持って感じております。


生活を楽しむ術を見つけること

先日友人宅で夕飯をご馳走になりました。この日の献立はチリビーンズ、フルーツサラダ、マグロのカルパッチョ、小松菜のお浸しなどなど。ヘルシーで美味しい物がたくさん並んでいました。そしてもう一品、お手製のパンも添えられておりました。これにフルーツサラダを乗せて食べてみたところ、果物の甘味と酸味のバランスが取れた味わいがやみつきになってしまいました。こうした自分ではなかなか作らない料理を提供されると、とても嬉しくなると供にそのまめさに感動するものです。お手製パンは平たく薄く焼かれていて、ピザ生地としても利用できると思います。とてもさっぱりとしているので、色々な食材と組み合わせても素材の味を楽しめると感じました。
この友人はとにかくまめな人です。初夏には梅干しを作り、一年中冷蔵庫にはぬか漬けが貯蔵されています。そんな四季折々の食材を楽しんでいる友人には定期的に愛読している雑誌があります。この雑誌には料理や生活のことが書かれており、長期購読している人も多いそうです。私はこの書籍の編集長が書いた本を何冊が読んだことがあり、とても勉強になったことを覚えています。身近にある食材で簡単にかつシンプルに作る料理や部屋の整理整頓をしながらおこなう模様替えなど、日頃気付かないところに楽しいことはたくさん隠れているのだと感じました。これからも友人や書籍から「生活を楽しむ術」を学んでゆきたいと思います。


設定と原作愛

小説や漫画がドラマや映画などで実写になることはよくありますね。しかし内容は原作寄りのものとオリジナル設定のものと、両極端に感じます。映像化された作品からその世界に入る場合はどちらでもいいですが、最初に元となる本を読んでいると、あまりにもとんでもない情報が加味されているときは辛いですよね。それこそ派手なバトルシーンでもファンタジーの世界でも、CGなどの技術を使えば大抵の場面は表現できてしまう現代です。それなのにわざわざ設定を変えるということは、その方がとっつきやすいと製作者側が考えているということなのでしょうか。
有名作品が実写版になるたびに、ファンの間では一喜一憂が起こります。事前公開情報を見て「絶対見ない!」となるか「楽しみ!」となるか。需要の幅が広い私はたいてい後者なのですが、いつだったか友人はとても怒っていましたね。「そこを変えたら○○じゃないから!」と叫ぶ彼女は、原作の大ファンでした。
面白ければなんでもあり、という考え方もあると思いますが、原作愛が強ければ強いほど、そうもいかないのでしょう。今後実写になる作品はどうなっていくのか。ファンを増やすも失くすも出来栄え次第なので、ちょっと怖いところでもありますね。


初めての化粧とお洒落談義

先日、ちょっとイメージチェンジをしたいと思い、いつもは買わないようなファッション誌を買いました。服装はもちろんメイクの仕方なども載っていて、女性っていうのはいくつになっても大変だなあと感じたのが正直な感想。どこか他人行儀なのは、自分が普段それらにあまり気を遣っていないからです。
これでも最初は熱心だったんですよ。初めてお化粧をしたときは、友人たちといろいろ研究したものでした。母の真似と情報誌のやり方が混じった不思議なメイクをしていたと今では思います。でもそれも若いからこその愛嬌というか。今の子たちは中学生や高校生のからお洒落を気遣うでしょうから、大人になって初めての化粧品などということはないのでしょうね。一揃い買ったときの合計金額にはたいそうびっくりしたことを覚えています。
さて、そんな私のイメチェンは、まだまだ序盤です。本を見て「こんな恰好は今までと違いすぎる」とか「これは年齢的にないだろう」とか、いろいろ考えている段階。本当に変われるのはいつになることやら。また友達で集まって、お洒落談義でもした方がいいのかもしれません。それぞれもう個人の好みがばっちり決まっていますから、面白い案に巡り合えそうな気はします。


野菜習慣

野菜は健康にいいとわかっていてもなかなかたくさん摂取できない物です。でも最近はサラダを良く食べています。昔は普通のお店で売られているドレッシングをかけていましたが、最近はお手製で作るドレッシングをかけて食べるのが流行で、そのお陰かいつもサラダを食べています。コチジャンをいれてピリ辛にしてみたり、ごま油で和風に仕上げたり、シンプルにオリーブオイルとお酢だけという取り合わせも簡単でいいです。お酢も最近はバルサミコ酢を使っています。味に深みがあるというかなんというか、とりあえず私好みの味というところでしょうか。本屋へ行っては新しいドレッシングの取り合わせを立ち読みしたり、ネットで変わった組み合わせを見つけたり、家庭菜園をしている友達からおススメ自家製ドレッシングを頂いたり最近とっても野菜に潤っています。サラダはどんぶり一杯たくさん食べてもまだまだ食べれますからね。体が欲しているのか食べても食べても飽きません。パセリを刻んでいれると味に濃さが出て美味しいのを友達が教えてくれました。子どもの頃はパセリなんてって思っていましたが、大人になってその美味しさに気がつきました。サラダでも種類はたくさんあります。色んな物に挑戦して行きたいです。


小説家と作家を兼業すること

先日携帯ショップを訪れた時のことです。カウンターの呼び出し音がなるまでの時間、お店にあるファッション雑誌を読んでいました。ここ最近の流行りのファッションや着回し術を見ているだけでもとても楽しくて、あっという間に時間が過ぎてしまいました。この日読んでいた雑誌の後ろのページには本を執筆するモデル、小説家、ブロガーなどがお薦めする書籍を特集するページは組まれていました。その中でもとても興味深かったのはある作家のインタビュー記事です。この小説家は数々の賞を取りながらたくさんの書籍を世に輩出してきました。今もなお執筆活動をしながらサラリーマンをしているそうです。小説家と会社勤めほどかけ離れた職種はないと思っていたため、この記事を読んでとても驚きました。しかしながらこの作家がインタビューで語っていた内容は、普通の生活をする私にとって非常に心に残る内容になっていました。サラリーマンをする中で経験することは全て自分にとってよいものばかりではなく理不尽なこともたくさんあるものです。こうした経験を基に書く作品は信憑性が高くリアリティがあるものを世に生み出すことができます。作家という仕事を決して特別な職業と捉えず、一般企業で働くことで自分と向き合いながら作品を生み出していることがとても新鮮に感じました。それと同時に深い感銘を受けたものです。これからもこの作家が手掛ける本を末永く読んでゆきたいと心から思いました。


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